ハワード・ベッカーらによって提唱されたラベリング理論は、「逸脱(普通ではない行動)」は本人の資質によって決まるのではなく、周囲が「あなたは逸脱者だ」とラベルを貼ることによって作られると考えます。
1. 精神疾患における「二次的逸脱」
ラベリング理論では、逸脱を2つの段階に分けて考えます。
- 一次的逸脱: 誰にでも起こりうる、一時的な心の不調や不安定な行動。
- 二次的逸脱: 「精神疾患」「患者」というラベルを貼られたことで、周囲の接し方が変わり、本人も「自分は病人なんだ」という自己イメージを固定化させてしまうこと。
社会学的意義: 精神疾患の症状そのものよりも、「病人として扱われ続けること」が、かえって回復を妨げたり、病状を慢性化させたりするという逆説的な側面を指摘しました。
2. ドラマツルギーと「汚名(スティグマ)」
前回の「ドラマツルギー(演劇的分析)」と組み合わせると、より深い理解が可能です。
社会学者ゴフマンは、社会的に不利なレッテルを貼られることを「スティグマ(汚名)」と呼びました。精神疾患のラベルを貼られた人は、次のような困難な「演技」を強いられます。
- 情報のコントロール: 「病気であることを隠して(楽屋に隠して)演じるべきか、それともカミングアウトすべきか」という、常にヒリヒリした印象操作を強いられます。
- 「ふつう」の演技への過剰な努力: 一度ラベルを貼られると、少し機嫌が悪いだけで「症状の悪化か?」と疑われるため、健康な人以上に「普通であること」を演じ続けなければならず、それが精神的な疲労(パノプティコン的な自己監視)を招きます。
3. ラベリングの「予言の自己成就」
ここには、前述の学習性無力感も関わってきます。
周囲から「あなたは何もできない」「療養が必要だ」というラベルを貼られ、社会的な役割(表舞台)を奪われ続けると、本人は「自分は無力だ」ということを学習してしまいます。
結果として、周囲の「この人は病気だから何もできないだろう」という予測が、本人の意欲を奪うことで現実になってしまう(予言の自己成就)のです。
まとめ:支援のあり方への問いかけ
ラベリング理論が教えてくれるのは、「診断名を付けることは、治療の始まりであると同時に、新たな社会的な困難の始まりでもある」という事実です。
- ラベリングを避ける: 「うつ病の人」ではなく「うつ状態にある〇〇さん」として、個人をラベルの中に埋没させない。
- 役割を奪わない: 適切な範囲で社会的な役割(表舞台)を持ち続けることが、二次的な無力感から身を守る盾になる。